抽出と焙煎の連関 Ⅱ

P10208471_3とあるコーヒー教室の場であった。

いつものように、高温で抽出したコーヒーと、それより低い適正な抽出温度で抽出したコーヒーを比較して、参加者に印象を伺っているときに、ある参加者が感想を述べた。

「確かに、高温で淹れたコーヒーより、適正な温度で淹れたコーヒーのほうが後味のまろやかさの点で、明らかに差を感じます。温度ってとても大切なんですね。」

そして、

「焙煎も温度で大きく変わるんですか?」

意表を衝く質問であった。

「もう焙煎なんて、温度と時間との戦いみたいなもので、あまり大ぴっらには言えませんが、数秒釜出しが遅かったり、早かったりしたら、ガラッと味が変わってしまうんです。温度なんてコンマの誤差で変わるんですよ。」

質問に答えながら、質問の主旨に正確に答えていないことに気づいた。

適正な焙煎=“適正な時間と温度が管理された焙煎”と、それより高い温度で推移した焙煎を比較した場合のカップ結果を述べるのが、この場の質問の主旨にそった答えなのだ。

しかし、肝心な適正な焙煎自体が分かっていなから、比較のしようがない。

温度や時間の変化でガラガラと味が変わる事実だけを、ことさらに誇張して言うことしかできないのが実に情けない。

「適正な焙煎自体、実はまだはっきりと分かっていないんですよ・・・それが僕の人生最大の悩みなのです。」

と、心の中でつぶやいた。

でも、今の時点で、分かっていることは・・・短時間焙煎と恩師のメソドの長所、短所は・・・

そして、ハッと気づいた!

「短い時間で仕上げる焙煎は、投入から高い温度でいって、そのまま高い温度を維持しながら一気に仕上げるんです。圧倒的なフレバーやスカッとした明るさは大いに魅力なんですが、アフターの甘さや滑らかさがいまいちなんです。」

気づいたことを整理しながら、口が勝手にしゃべりだした。

「しかし、投入温度を落として、ということは時間がかかるわけですが、“適正な温度”を維持しながら焙煎すると、アフターの甘さや滑らかさが出てくるんです。」

「焙煎も抽出と全く同じ結果になるんです。適正な温度の焙煎とそれより高い温度での焙煎を比較した場合、まろやかさに差が出てくるんです!」

抽出で検証していたことと、焙煎で検証していたことは、実は全く同じ検証をしていた!ということがそのときに分かった。

両者は温度の高低差による味覚の変化という点で、くしくもつながっていたのだった。

焙煎での検証は短時間焙煎と恩師のメソドというアプローチの違いばかりに気をとられていて、本質的な違い、すなわち温度の違いに気づいていなかった。

投入から水抜けまでの平均温度は、短時間焙煎のほうが高く、恩師のメソドは低い。

抽出において、抽出温度が不用意に上がらないように注ぎ、その後の温度上昇に気を配りながらお湯を注ぐように、焙煎における恩師のメソドも投入温度に注意して、水抜けまでの火力の微調整に気を配る。

不用意な温度変化に注意して、繊細な温度管理を心がけることにおいて、恩師のメソドと適正な抽出メソドは符合する。

******************************************

P10208311_2

  短時間焙煎は高い温度で投入し、高い温度を維持しながら、一気に焼き上げる。そのカップはまさに、抽出温度を高く推移させて抽出したものと一致する。

短時間焙煎はキレの良いアフターと圧倒的なフレバーは飲むものを圧倒させるが、甘さや滑らかさ、そしてアフターがフラットで、深みとか厚みにかける。

抽出と同じように、投入から高い温度にさらされることによって、生豆の組織が警戒心を抱き、自らの成分を内に引きとどめるのか?あるいは成分の一部が破壊されるのか?

原因は分からないが、とにかくアフターがフラットで、スペシャルティの魅力であるスイート、ロングフィニッシュが出てこない。

飲んだあと、甘さと滑らかさが持続し、咽喉から鼻腔に抜けていくフレバーが余韻を残しながら、心地よくフィニッシュするアフターこそスペシャルティコーヒーの真骨頂なのだが、それが出てこないのだ。

この事実は、スタバやピーツと、ジョージ・ハウエルのクラシックフレンチローストを比較カッピングすれば、はっきりと認識できる。

あるいはインテリゲンシアやスタンプタウンのシングルオリジンとジョージ・ハウエルのフルフレバーローストを比較しても良いだろう。

これらを比較することによって、浅煎りから深煎りまでの広いレンジで同じ結果が出るのは、後半のドライディスティレーションの工程よりも、前半の水抜き工程における温度変化によって、マウスフィールやアフターの向上がなされると判断したい。

抽出で、高い抽出温度から適正な抽出温度に変化さることによって、甘さや滑らかさが向上した。

それと同じように、焙煎も初期(投入)温度を押さえ、全体の平均温度(水抜けまでの焙煎温度)を適正にすることによって、マウスフィールやアフターが向上してくるのは抽出の場合と全く同じであると思う。

上記のアメリカのスペシャルティコーヒーロースターの焙煎メソドの詳細は明らかではないが、上記のカッピング結果は、僕が実際試みている短時間焙煎と恩師メソドのカッピングの比較結果と全く同じである。

しかし、だからといってジョージ・ハウエルの焙煎メソドが恩師の焙煎メソドと符合するという結論はまだ導き出せない。

素材の圧倒的な差があって、短時間焙煎でも、上記のようなアフターの差が出ているかもしれないし、スマートロースターの優秀性かもしれない。

今一度、短時間焙煎と恩師のメソドの精緻な検証をしてみたい。

抽出と焙煎の連関 Ⅰ

P10208361_2 前回の付属高校のコーヒー教室では、講義が主体となったので、実践編は簡単なカッピングだけとなった。

いつもは抽出とカッピングをメインにして、特に抽出温度によって味が大きく変化することを、実際のドリップで実演している。

ペーパードリップに温度計を差し込んで、視覚的に理解できるようにすれば、一目瞭然どなたでも理解できる。

抽出の原理はごくシンプルである。

コーヒーの抽出原理のキモは、抽出温度に他ならず、上質の煎茶が抽出温度によって、出来栄えが大きく左右されることと同じ原理だ。

高温で抽出された高級煎茶ほど惨めなものはない。適正な抽出温度で抽出されたものと雲泥の差があり、子供でもその差は認識できる。

しかし、コーヒーの場合は適正な抽出温度が煎茶より高いため、高温で抽出されても煎茶ほどの落差は認識されない。そのことが抽出温度を注意深く意識しない結果にもなっている。

*****************************************

コーヒーは、コーヒーの粉とお湯が接しているドリッパーの中が平均83~84℃で、約3分かけて抽出したものが一番正確な味を出す。

この温度と時間をキッチリと守れば、素材の正確な味を抽出することはできる。しかし、いろいろなシチュエーションがあって、個々の状況下で、この温度と時間の条件を満たすように操作することは、実際にはなかなか難しいのだ。

たとえば、一杯だしが上手くいかないのは、この温度と時間の条件を満たすことが困難であることがすぐにお分かりいただけると思う。

抽出量が少ない場合、ドリッパーの穴の一部を堰きとめて、抽出速度を遅くしない限り、ものの一分以内にあっという間に抽出が完了してしまうし、また、ドリーッパーの穴の一部を堰きとめて、3分という条件を満たしても、もともとドリッパーの中の湯量が少ないため、注ぐ湯量も少しずつになり、簡単に温度が下がってしまい平均83℃を維持しにくい。

いずれにしても、抽出時間の不足だったり、平気抽出温度が低かったりして、抽出不足で魅力のかけるカップとなる。

一杯出しの難しさは別にして、通常の3~4人分をドリップしても、抽出するたびに抽出にばらつきがあり、特徴が出なかったり、きつくなったりと上手くいかないことが多い。

この場合も、抽出温度と時間がぶれるためで、その原因を捉えれれば改善できる。

原因はドリップ用ポットのお湯の温度とお湯の注ぎ方で、ドリッパー内の抽出温度と抽出時間が変化するためだ。

多くの場合はドリップ用ポットの湯温が高いため、抽出温度が高めに推移し、味がきつくなる傾向にある。

P10208411_2 ポットでお湯を沸かし、そのまま注いぐと、およそ97~98℃のお湯が注がれる結果、抽出温度は最高値でおよそ88℃以上に達してしまう。

抽出温度が高く推移する場合、マウスフィールは“硬さ”が全体を被い、滑らかさと甘さが後退する。この硬さをクリーンと錯覚すると、フレバーは出ているため一見よさげにみえてしまうため、注意が必要だ。

理想の平均抽出温度=83度にする第一の条件は、ドリップ用ポットのお湯の温度を92度に落とすことだ。

ドリップ用ポットでお湯を直接沸かした場合、92度まで落とすには、かなり時間がかかるが、お湯を他のポットで沸かし、ドリップ用のポットに移し変えれば、すぐに92度に出来る。

あとは少しずつ丁寧に注いでいけば、最高値が84~84.5℃に達し、その後徐々に温度が落ちていき、抽出開始から3~4分後には81~82℃なって、目的量を抽出し終わるタイミングになる。

第二の条件はお湯の注ぎ方にある。

●最初、無造作に注ぐと、高い温度のお湯が注がれることによって、その後の抽出温度が高くなる下地を作ってしまう。せっかくドリップポットの湯温を92度に落としても、最高値が86℃以上になってしまい、平均値が高くなる。

最初は不必要に温度を上昇させないように、ゆっくりと全体にお湯を注いでいくのがポイントだ。

最初の“蒸らし”が抽出のポイントのようにいわれているが、“蒸らし”の段階でお湯を無造作に注ぐと、それ以降の抽出温度を上げてしまう下地を作ってしまう結果となる。その意味から蒸らしは弊害が多い。失敗の原因は意外なところで盲点となっている。

P10208421_2 ●全体にお湯がゆきわたり、濃いエキスが抽出し始めたら、注ぐ湯量を増やしていく。

注ぎ方があまり慎重になりすぎると、抽出時間がかかり、平均温度も低くなってしまうし、逆に急ぎすぎると、抽出時間が短くなり、平均温度も高くなってしまう。

この手加減は、ドリッパーのなかに温度計を挿して、温度と時間を睨みながら加減を調整すれば、おおよその感覚はつかめてくる。

●抽出の終盤は抽出温度が下がりながら、81~82℃で終了するのが理想だ。そのためには、ドリップポットのお湯の温度も少しずつ下がっていなければならない。

抽出の途中で、ドリップポットを加熱してはいけないのはこの原理からだが、最初のドリップポットの湯量が不十分で、抽出の中盤から終盤に湯量が少なくなっていると、湯の温度が必要以上に下がり、抽出温度自体が下がってしまうから注意が必要だ。

また、厳冬期や屋外での抽出はドリップポット内の湯温が抽出途中で、必要以上に下がってしまう場合が多く、これらの場合は加熱が必要となる。

P10208441_2 (優秀なコーヒーマシンとして注目されるモカマスターは、注がれるお湯の温度を94℃前後に調整していることが最大の特徴だが、残念なのは最初から最後まで、終始その温度のお湯が注がれることで、結果として平均抽出温度が86度以上になってしまう。そして抽出量が多く、時間がかかればかかるほど、平均抽出温度は高くなり、カップはきつくなる)

***************************************

コーヒー教室では、以上の原理をドリップで実演して説明する。

本来シンプルな“時間と温度”の抽出原理が様々な状況で実現できないカラクリをえぐり出し 、複雑で難解と思われているコーヒーの抽出が実はすごく分かりやすいものであることを理解していただいている。

平均抽出温度をわざと高く推移させたコーヒーと、正しい平均温度で抽出したコーヒーを飲み比べて、その違いを実感していただければ、まさに目から鱗である。概ね、多くの感想は上記の僕のカップ評価と変わらない。

初期に高い温度のお湯を注いで、平均抽出温度が高めに推移したものは確実にマウスフィールが硬くなる。

フレバーの分子は高い温度でも溶け出すので、一見、印象は良いが、甘さや滑らかさにかける。

熱い温度のお湯に、豆の繊維組織が拒絶してしまったかのように、滑らかさや甘さが奥に引っ込んで、液体に溶け出してこないのだ。

高い温度にさらされることによって、豆の組織自体が警戒心を抱き、その保全機能が作動して、自らの成分を内に引き込めてしまう。

しかし、最適な温度にさらされると、豆の繊維組織は警戒心を抱かずに、弛緩した組織から自らの成分を解き放ち始める。

カッピングのたびに、そんな想像を抱くようになっていた。

そして、これと全く同じ現象が焙煎の過程にも、そのまま当てはまることに思い至った瞬間、分かりかけてていた焙煎も氷解したように、その原理が解明できそうな感じがした。