ジンテーゼとしてのジョージ・ハウエル

P10208931_2 4月に入ってしばらくすると、一気に春めいてきた。それでも厳しい寒さが断続的に続き、まさに三寒四温の状態になった。

本来なら、冬季から春先に見られる季節の現象を表現したものであるが、寒さが長引いた分、4月にはいってからのこの現象の寒暖の差はより大きくなった感がある。

にわかに水抜けがおかしくなって、焙煎に苦慮されている方が多いと思う。

いつもは3月初旬頃から微妙な水抜けの変化が現れ始める。

この場合の対応は、どんなパターンの焙煎であっても、いままでの良かった焙煎時間は堅持して、(より正確にいえば、投入から水抜けの時間は変化させないで)投入から火力を少しアップする。

水が抜けにくくなった状況においては、投入から水抜けまでのトータルとしてのカロリーをアップすれば水は抜けてくれるのである。

ところが、火力をアップすれば、進行が早くなり、水抜けまでの時間が短縮してしまう。結果としてトータルとしてのカロリーは変化なく、水抜けを改善しようとするもくろみは失敗する。

その対応策として、投入後のボトムをいつもより落とすトリックを使う。火力のアップとボトムダウンの相乗効果で、投入から水抜けのまでの時間を変化させないことが出来る。

火力アップの度合に対するボトムダウンの度合、すなわち、どのくらいのガス圧を上げるかということと、それに対応するボトムをどのくらい落とすかという微調整の相関関係は、実践から構築するしかない。まさに焙煎がクラフトの世界といわれる所以だと思う。

概ね、この方法によって、微妙な季節変動の水抜きは対応できる。

しかし、季節が本格的に大きく変化してくると(気温・湿度の上昇)、このトリックでも対応が難しくなってくる。

どういうことかというと、投入から水抜けまでの段階において、火力をアップしていくことは、結果的に水抜け段階の途中(それは後半に多くあるが)で、一定以上の不必要な火力に至ってしまうからである。

水抜けの中段~後半における一定以上の火力は、本来はこの段階で抜くべき、豆の中心部分の水分を置き去りにして、豆の表面から強引にドライディスティレーションが進行してしまう。

“表面焼け”と揶揄されるこの現象は、初期火力のオーバーが原因と思われているが、そうではなくむしろ水抜けの中段~後段で、火力が過剰となって、本来は抜けていくべき内側の水分を残して、表面からローストが進行して、カップを刺激的なものにしてしまう。

そうなったらどうすればよいか?

火力についての今までの論点を整理してみよう。

●投入時の火力はある一定以上の火力が必要なこと(クリーンとストラクチャの両立 3/08)。不必要な火力の減少は無駄であった。少ない火力で、だらだらと時間をかけても、中心の水は抜けてくれない。

●上記のように水抜きの中段~後半で、一定以上の火力も中心の水を残して、ローストが進行してしまうため、上限での火力に制限がある。

以上のことは、投入量を一定とした場合、投入から水抜けまでの火力は焙煎機のキャパによって、すでに大まかに決まっていることがわかる。

であれば、初期火力のアップによる対応が限界にきたら、今度は水抜けまでの時間を変更するか、投入量を変化させることによって対応せざるを得ない。

(投入量の変更は、新たなボトムや火力を確定したりする厄介な課題を含むから、別の機会に論考してみたい。)

時間を延長する場合は、ボトムだけを落とし、火力操作(投入時から水抜けまで、ガス圧を段階的に上げていく操作)を変更させなければ、自動的に延長できるから、検証は手っ取り早い。

この方法は以前、“恩師のメソド”として何度も考察しているが、不必要な時間延長は酸の明るさをそぎ、カップの魅力が欠けてくることも否めなかった。

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P10203981 上記の過程からストラクチャの構築、喪失を分水嶺として、ストラクチャが構築されない水抜け9分以内を短時間焙煎としたが、最近の季節変動によって、それが変化している結果が出てきた。

水抜け10分以降をストラクチャが構築される時間と確定したが、季節の劇的な変化によって、9分以降でも確認され、直近では8分以降でも確認できるようになっている。

8分であれば、トータル11分前後のリッチな浅煎りが出来る。この焙煎は極寒期にはドライ意外何物でもでもなかったはずだ。

あまりに劇的な変化である。自分のカッピングスキルを疑ったり、ストラクチャの構築は水抜きの過程ではなく、ドライディスティレーションの段階で構築されるのでは?と不安に陥った。

冬季の水抜け10分の時、焙煎室の室温は5~10度前後であった、直近は25度以上であるし、朝方早くか、夜に焙煎すれば、若干室温は下がる。

しかし、湿度に目をやれば朝と晩は90%台であるし、日中は60%台になる。

そんな変化の中にヒントは隠されていると思うが、とにかくカップの結果だけが現実を物語っている。

従来の「短時間焙煎」のアンチテーゼとして「恩師のメソド」を考察してきた。そのテーゼはストラクチャであった。そしてストラクチャの構築要件は投入から水抜けまでの温度と時間であり、それらの高低と長短によってストラクチャの表出は変化した。

そして、やっと確定できたストラクチャの構築の温度と時間の要件は、季節の変動によっていとも簡単に覆された。定数として確定できた喜びもつかの間で、それらも変数になってしまった。

振り出しに戻ってしまった。

ストラクチャの構築要件の核心は何処にあるのであろうか?

室温や湿度を主とした季節の変動が、水抜けを微妙に変化させることには異論がないだろう。

だとすれば、水抜けのパーセンテージ(含水量のパーセンテージ)がストラクチャの構築要件(損失要件と表現した方がよいかもしれない)と判断することが出来るかもしれない。

具体的なパーセンテージは定かではないが、完璧に近いくらい抜いてしまえば、ドライの極致に至るのだろう。

そして、その水抜けのパーセンテージをやや落とすことによって、ストラクチャの損失が免れるのかもしれない。

ここが非常に微妙な領域であり、水抜けのパーセンテージを落としすぎると今度はクリーンからレスクリーンの領域に入っていってしまうのであろう。

ようは、ストラクチャが損失されずに、尚且つクリーンの領域に収まっている微妙な水抜けのパーセンテージがあり、それを実現できる水抜き工程が季節の変化にによって、微妙に変動するという結論が導き出せる。

それはまさに、テーゼからアンチテーゼ、そしてそれらを止揚するジンテーゼとしての焙煎メソドが存在することが垣間見えてくる。

クリーンとストラクチャの両立がジョージ・ハウエルの焙煎メソドの真髄であるとすれば、ジンテーゼとしての焙煎メソドはまさにジョージ・ハウエルの焙煎メソドそのものであると思う。

しかし、講釈はそれとして、現実にどう具体的に対応したらよいのだろうか?

残念ながら、焙煎とカッピングを繰り返す試行錯誤しかこの回答は得られないのだろう。

精進あるべし。

スターバックスの変身

P10208801 スターバックスから新しいローストカテゴリーの商品が販売された。

ウィローブレンド。

ついに出た!というか、やっぱりそうなのか、といった期待と疑念が入り交ざった複雑な思いで、購入した。

ブロンドローストというネーミングから浅煎りを想像し、スターバックスが浅く煎るとどうなるんだろう?という期待と、ついに巨人も自らのアイデンティティを変更して、対応せざるをえない状況に来ているのか?といった思いである。

しかし、期待したよりもローストは深かった。

我々の基準からは中煎りの範疇である。(ジョージ・ハウエルであれば、ノースイタリアンローストであろうか?)

素材の問題もあるが、このローストでは表記のブライト、クリスプはちゃんと表現されるのだろうかと感じたが、案の定カップもその点では十分ではなかった。

しかしそうであっても、スターバックスローストの特徴である圧倒的なドライ=クリーンは変わっていない。

フレバーの押しの強さは、従来のダークロートと比べればおとなしくなるが、中煎りのカテゴリーとしては、上手く表現されていると思う。

スターバックスによれば、ローストを3つのカテゴリーに分け、それぞれのローストプロファイルを示すことによって、より多くの消費者の嗜好に対応したという。

ブロンド、ミディアム、ダークと分けられたカテゴリーのうちで、ミディアムとダークは従来からあり、この二つでシングルオリジンと各種ブレンドが構成されていたと思う。

だから、今回のブロンドはダークからミディアム、ミディアムからブロンドという拡張によって、商品ラインをより充実させる意図であったと思われる。

頑固なまでに自らのスタイルに拘ってきたスタバが、変化せざるを得ない状況はマーケットの変化をみれば至極当然だ。

しかし、このことはスタバがそのスタイルを確立した時からすでに内包していた。

コーヒーの先輩である欧州、とりわけイタリアをお手本として、高品質コーヒーとダークローストに特化し、ラテを中心とする洗練されたカフェスタイルは圧倒的に国内マーケットに受け入れられ、企業の急成長をもたらした。

その勢いは米国内だけではなく、我が国も席巻して、急成長するアジア諸国にも及んでいる。

でも、やはりでかくなり過ぎた。

一方では、欧米や我が国での新興スペシャルティコーヒーロースターの急成長は世界的な高品質コーヒー生豆の需要を拡大させ、供給を逼迫させ、価格の高騰を招いた。

巨人スタバがスペシャルティコーヒーロースターであり続けることは、素材の供給量からしてもはや無理だ。それでも“それらしい”イメージを保ち続けていかなければならいという宿命はしんどい。

以前から、ラテやカプチーノではなく、普通にドリップコーヒーとして飲む場合、従来のスターバックスローストに抵抗感をもったり、不快感を抱くお客様がいることを、自店の店頭での会話からそれとなく感じていた。

参入した当時の憧れと、羨望の存在であったスタバをひきづっている僕は「やっぱ、トーシロにはスタバの良さがわからないのか、、、」といった思いであったが、何回か同じ意見を聞くと、もしかしたら?といった疑念も湧いてきていた。

その後、機会あるごとにスタバにいって、カプチーノや本日のコーヒーをためしたり、豆も購入した。

各人それぞれに評価があると思うから、カップ評価や無責任な憶測はここでは控えたいが、やはり、でかくなり過ぎた故の結果は隠し切れない。

巨人が従来の“それらしい”イメージを保ち続けるための一環としての戦術が今回のローストカテゴリー拡大であったと解釈してもよいと思う。

そもそも欧州、とりわけイタリアの食文化は地域に密着したものであるがゆえに、量的な拡大にはなじまなかった。

拡大しては失敗を繰り返す歴史の過程で、食に何よりも質を求めるモラルが厚く形成されていった。多くの消費者はグルメであり、時としてきびしい評論家であるのだ。

コーヒーもその例外ではない。だから、そもそもグローバルスタンダードといわれる、競争と拡大の世界とはなじまない。

本来のスペシャルティコーヒーの理念を思い起こして欲しい。

価格競争が招いたコーヒー市場そのもの減退という不毛な結果を反省して、品質競争によってコーヒー市場を再興し、モラルある消費者の拡大によって、事業を成長・継続させ、それを生産者にも還元することによって、共に持続する世界をめざすのがスペシャルティコーヒーの理念であった。

スペシャルティコーヒーの理念“共生と持続”の世界観は互助互恵の精神によって支えられているのだ。

アングロサクソン流グローバルスタンダードの覇権は互助互恵の精神など微塵もない。

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新製品のカップ評価から、大きく脱線してしまった。

今回のウイローブレンドも徹底したドライであり、それはスターバックスローストのスタイルそのものであった。

焙煎度合に関係なく、中煎りからフレンチまで一貫したドライは、スターバックスローストが水分抜きにおいて特徴的な工程を持つことを意味すると思う。

スターバックスローストの特徴である表面の焦げ、胚芽の焦げ、ダークローストのティッピングなどが意味するところは、圧倒的な火力がもたらしたものであり、それが水抜き工程によるものなのか、ドライディスティレーションの工程によるものかは断定できないが、水抜き工程の時間との関連から、初期火力もかなり高いことが想像される。

4月上旬から中旬に至り、気温と湿度の変化は大きくなり、水抜けを微妙に変化させている。気難しい焙煎を手玉に取れる日はまだ遠い。