拝啓、先生いかがお過ごしでしょうか?
こうして手紙を書いていると、以前のように用語や文章表現について、こと細かくビッシッと研削された返信を頂くようで、なんとなく躊躇しています。
でも、そんな返信をいただければ、先生はご健在であるということではないか!と思いなおし、記憶を遡って書いています。
早速本題に入らさせて頂きます。
もう10年以上も前でしょうか、おそらく僕かS氏のところで勉強会があったときです。
いざ焙煎に入るために、釜を温めようとして、焙煎機を空焚きした時、「なぜ、焙煎機を温めるのですか?」と先生は詰問されました。
思いもかけない、と言うより、覚悟していた詰問に反論できなかったことを思い出します。
「あれほど説明したのに、貴方は理解しているのですか?」といった先生の落胆の感情が伝わってきたのと、しかし先生に教えて頂いたノウハウでは、うまく焙煎できない現実をどう伝えてよいかを躊躇してしまったからです。
先生からご指南いただいたノウハウ、すなわち低温焙煎のノウハウは、●焙煎工程を前半と後半に分け、前半を水抜き工程とし、後半を成分進化の工程とする。●前半は低い釜の内部温度で水抜きをして、●後半は釜の内部温度を一気に上げて成分進化を即す。、、、というものでした。
そして、●水抜き中は釜の内部温度をできるだけ上下させずに一定させる。そして水抜き時間はいくらかかってもかまわないという条件でした。
カッピングコンセプトから導き出された、この画期的な低温焙煎ノウハウは、当時焙煎の迷路にはまりこんでいた僕たちにとって、まさに救世主でした。
先生がサンプルロースターで行ったデモは衝撃的でした。
焙煎開始から、か細い炎でジ~~と水を抜いていき、かなりの時間がたった後、サンプルスプーンで水抜けの状態を鼻で感知して、水抜けを感知したら、すぐさま火力を最大にして成分進化を即して、1ハゼ手前あたりから火力を絞っていき、最後は色合いをみて、好みのところで終了するというものでした。
まさに焙煎コンセプトを具体化した解かりやすい焙煎方法でしたが、正直にもうしますと、このノウハウを本焙煎に適応しても上手く煎ることが出来ませんでした。
他のメンバーたちは何度となくトライしても上手くいかず、当時を前後して伝播してきたアメリカのスペシャルティコーヒーロースターの高温短時間焙煎にシフトしていきました。
ライトからフルシティ、フレンチまで、およそ11分~15分で焙煎するこの高温短時間焙煎は、今では国内の真っ当なスペシャルティコーヒーロースターたちに焙煎の定番として普及しています。
というより国内の真っ当な焙煎業者にも、スペシャルティコーヒーがどうのこうのといわれるずっと前から、高温短時間焙煎は定着していた事実から考察すると、焙煎の定番みたいなもので、たまたまアメリカや欧州のスペシャルティコーヒーロースターと一致したにすぎないと思います。
そういう意味では、世界標準の定番としての焙煎ノウハウであり、たまたま国内の焙煎ノウハウに関しての閉鎖的な体質が、スぺシャルティコーヒーの伝播で切り崩され、多くの新規参入ロースターに広く認知されるに至ったということだと思います。またネットの普及もその背後にあると思います。
ただ、高温短時間焙煎は先生も十分ご承知のとおり、フレバーやスイーツが表現されても、アフターやマウスフィールが歪で、特にエスプレッソではその欠点がもろに出てきてしまいます。
他の抽出領域(ペーパードリップ、etc)では、その欠点が出てきても、最初の違和感は飲んでいる途中から、慣れてしまって違和感が薄れてきますから、エスプレッソが主流の国以外では、この欠点の認識はさほどなされなかったと思います。
(また、エイジングという手法がエスプレッソでもてはやされていますが、この原理は刺激的な違和感が、時間経過による劣化によって、減少するからにほかなりません。エイジングというあたかも聞こえの良いフレーズで正道のように思われていますが、邪道だと僕は思います。)
ですから、この欠点を認識して、エスプレッソそのものを焙煎から再考察して、構築された焙煎ノウハウが欧州、特にイタリアを中心にして発展してきたと思います。一部の欧米のロースターはこのことを認識していて、密かにノウハウを伝承してきたと想像できます。
先生の提案された低温焙煎ノウハウはまさにこのノウハウであった思うのです。
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さて、この低温焙煎ノウハウがサンプルロースターで上手くいき、本焙煎で上手くいかないのは、なにが原因であるか?と僕は必死で考えましたが、高温短時間焙煎と比較すればその解答は見えてきました。
高温短時間焙煎は、ピンポイントで投入からの焙煎時間と豆の表面温度を一致させていけば完成します。
特に後半の7分以降から豆の表面温度をしっかりと管理することがポイントですが、この後半のペースを低温焙煎のノウハウで実行すると、ほとんどの焙煎機が火力不足で、後半の7分以降の豆の表面温度の展開が不可能になります。
そんな低温焙煎では”火力不足”の焙煎機でも、高温短時間焙煎が可能なのは投入から5~7分で高い内部温度を確保しているからで、それを維持しながら余裕を持って豆の表面温度のペースをコントロールできるからです。
それに対し、低温焙煎は低い内部温度で推移するため、いざ水が抜けた段階で釜の内部温度を上げて、豆の表面温度を時間内に上げようとしても、釜の火力が結果として脆弱で、思うように上がってくれないのが現実でした。
そもそも、サンプルロースターと本焙煎用のロースターは同じよう構造(シリンダーやバーナーの構造・容量)なのに、なぜサンプルロースターが低温焙煎が可能なのか?という素朴な疑問は、まさに排気構造に原因があると思うのです。
サンプルロースターは強制排気ではなく、あくまでも自然排気であり、火力を上げれば想像以上に豆の表面温度の上昇につながっていることが要因であると思います。
また、多くの場合シリンダー容量に比べ投入量は少なめで、かつ水抜き工程ということで、ガス圧が控えられていても、自然排気のため想像以上のカロリーが豆に供給されていると思われます。
そして、実際にサンプルローストでまともなカップが出てくるのは13~15分であったと思います。
浅煎りでこの時間帯であることは、まさに短時間焙煎に近くなっています。
サンプルローストのイメージで、強制排気の焙煎機で本焙煎をすることが、そもそも間違っていたようです。
強制排気でガス圧を控えて、ただダラダラと時間をかけていただけだったので、爽やかさや明るさも失われた結果となりました。
また、後半でも釜の内部温度が低すぎて、速やかに上がりにくいということで、成分進化がお粗末な結果となりました。
以上の検証から、強制排気の焙煎機で低温焙煎を行う場合は、更なるバーナーの増設とダンパー操作の工夫によって、解決できることが見えてきます。
また、前半の水抜き工程も、ある程度の強いガス圧が必要ではないかと推察されます。具体的には、水抜け手前の段階で内部温度が180度前後で推移していけば、サンプルロースターの前半と同じ推移となると思います。
高温短時間焙煎での、この段階では200℃以上になっており、低温焙煎の180℃前後との差がそもそも、“低温”という呼称になっているということです。
僕はここに至って、バーナーの増設を決意して、バーナーを増設しました。
どのくらい増設すれば、高温短時間焙煎の後半をトレースできるかはわかりませんが、とりあえず町の知りあいの鍛冶屋さんに依頼して、メーカーから取り寄せたチップとバーナー12本を、焙煎機の内部に納めていただきました。
もちろんこの12本のバーナーは本体のバーナーとは別のガス源にして、必要なときにONできるようにしました。
かなり過激なカロリーになりますが、その結果は劇的な効果を確認できました。
とにかく、速い時間内に釜の内部温度が立ち上がり、その結果として、豆の表面温度が11分の時点で192℃前後にいたることが可能となりました。
このように書くと、バーナーを増設した結果すぐに低温焙煎が可能になったと、思われますが、そうでわけではなく、かなりの紆余曲折がありました。
釜の内部温度をどこまで引き上げてよいか?(内部温度の最大値)とか、投入量は?デベロップメントサイクルは高温短時間と同じでよいか?水抜けの判断はいつが良いか?豆の産地の標高やクロップの差(=硬度の差)によってどう変化するか?、、、とかさまざまな課題があって、それを一つ一つ詳細にカップをとりながら判断しなければなりませんでした。
このあたりの詳細な経過報告は僕のブログ“焙煎日記”お読みくだされば幸いです。
ここで重要なのは、こうした紆余曲折による検証も、バーナーの増設で釜の内部温度が速やかに上昇することが出来たから可能であって、バーナーの増設がなかったら、すべての検証が不毛になったことです。
まさに低温焙煎においては、必要なときに圧倒的な火力を引き出せる焙煎機が大前提であることがわかりました。
これは先生がとくに強調していた点で、それを実証出来たわけです。