低温焙煎メソッド
焙煎の目的とポイント
コーヒー豆は、各生産国やその特定の地区、あるいは生産者によって、異なる風味特性(テロワール)を持っています。
生豆を火や熱風にかざすことによって、風味特性を際立たせるのが焙煎の本来の目的です。
素晴らしいテロワールを持つコーヒーを、生かすも殺すも焙煎次第になるわけですが、
ではどうしたら、風味特性を際立たせた素晴らしいコーヒーができるのでしょうか?
通常の業務用の焙煎機では、豆の表面温度と焙煎機の内部温度を計測しながら、焙煎を進行させていきます。
豆の表面温度は焙煎機の中の豆が最も集中する所に、温度センサーを差し込んで計測します。豆の中にセンサーを埋もらせることによって、正確な豆の表面温度を計測することが最も重要になります。
この豆の表面温度の上昇・進行ペースを中核にして、焙煎を組み立てていきます。
焙煎機の内部温度は、通常、焙煎機から排出される排気温度を計測します。通常火力を上げれば内部温度は上昇し、豆の表面温度の進行ペースが早くなります。
火力を抑えれば内部温度は下がり、豆の表面温度の進行ペースは遅くなります。
焙煎開始(豆の投入)から何分後に豆の表面温度を何度に進行させていくか?そうするためには釜の内部温度をどれくらい上げていくか?
ーーということを試行錯誤しながら、適正な焙煎時間と温度を探っていきます。
焙煎と品質チェック(カッピング)を繰り返して、風味特性と甘さや滑らかさ、明るさや爽やかさをもたらす、最適な焙煎時間と温度を見つけるわけです。
スぺシャルティコーヒーの全ての基本は、カッピングにあるといわれる所以です。
焙煎に少し慣れてくると、火力や時間に慎重になりすぎて、火力不足で焙煎時間が長くなりがちですが、ここは大胆に、ある程度の強い火力で、テキパキと短時間に焙煎をまとめることが上手く焙煎するポイントです。
大胆かつ細心に、、、が焙煎のキーポイントです。
高温短時間焙煎
30年ほど前は、各メーカーや業者がそれぞれ確立したノウハウは多くの場合社外秘とされ、互いの交流もなく、国内での焙煎ノウハウの向上は微々たるものにすぎませんでした。
しかし、アメリカのスペシャルティコーヒーの伝播で、国内市場が活性化し、多くの市場参入がなされ、市場が大きく拡大しました。
焙煎ノウハウも活発に情報交換され、10年ほど前には、ある程度の共通した焙煎ノウハウが確立したと思います。
右のグラフは現在、多くのスペシャルティコーヒーロースターが取り入れている、短時間焙煎の一例です。
点線が焙煎機の内部温度の推移を示し、実線が豆の表面温度の推移を示しています。
およそ焙煎開始から7分で、豆の表面温度が167℃に至り、浅煎りで11分、中煎りで12分、深煎りで13分といった進行を経ます。
焙煎開始からおよそ1分半で豆の表面温度が最下位点(ボトム・中点)まで下がり、すぐに上昇します。
その後力強く上昇していくのは、強い火力で押し上げていくためで、その後8~9分以降は緩やかにそのペースを落としていきます。
力強いペースで、生豆の水分を一気に抜いていき、一ハゼが始まるころには火力を落として、コーヒーの成分進化(=豆の表面温度の温度進行)を適正なものにします。
焙煎機の機種や、生豆の投入量によって、焙煎時間の増減はありますが、これが定番としての焙煎プロファイルといっても良いと思います。
この短時間焙煎は、古今東西の真っ当なロースターたちが試行錯誤して作り上げてきた焙煎ノウハウで、風味特性を素晴らしく再現してくれますが、唯一の欠点はアフターやマウスフィーに雑味がでることです。
風味特性と雑味がワンセットで、風味特性を強調すればするほど、雑味が増し、雑味をおさえようとすると、風味特性がスポイルされるというジレンマを抱えています。
では、このジレンマを実際のスペシャルティコーヒーロースターはどう対応しているのか?というと、実のところ、各自が決めた妥協点で妥協しているのに過ぎません。
上質のスペシャルティコーヒーはオイル分が豊かで、このオイル分が短時間焙煎の雑味をカバーしてくれます。
オイル分のおかげで欠点が際立って出てきにくいため、上質の素材を扱うスペシャルティコーヒーロースターは、多少の雑味は許容して、風味特性を最優先させた焙煎をしています。
しかし、この雑味はエスプレッソマシーンで抽出すると、刺激的なエスプレッソになってしまいます。エッセンスを抽出するためか、欠点も強く強調されてしまうようです。
エスプレッソは誤魔化しがきかないと、よく言われますが、まさにこのことを実感します。
またこの刺激を、エスプレッソマシーンの操作ミスによる過抽出とカップ判断される傾向がありますが、その大半は短時間焙煎がもたらす雑味が原因であります。
美味しいエスプレッソは短時間焙煎がもたらす雑味を克服して、可能となるのです。
低温焙煎
この短時間焙煎の雑味をどう克服するか?、、、、、、、
というコンセプトで考案されたのが“低温焙煎”にほかなりません。
あくまでも推測ですが、
その昔、焙煎による雑味と刺激的なエスプレッソの因果関係を発見した、欧州の老舗のローストマスターが、雑味が出ない焙煎ノウハウを試行錯誤して考案したノウハウが”低温焙煎”かもしれません。
あるいは、カッピングにおいて、焙煎の良否を判断するアプローチは
●水がきっちり抜けているか?
●成分進化は十分になされているか?
このカッピングアプローチをそのまま焙煎にフィードバックするヒントを得て、実践したローストマスターが”低温焙煎”にたどり着いたかもしれません。
ともあれ、この低温焙煎ノウハウの史的考察は今後の課題ですが、ノウハウ自体はかなり昔からあったと思います。
この低温焙煎は、表立って注目されたわけではないので、その実態を捉えにくいのですが、基本的な考え方は、焙煎を前半と後半に分けて、前半を水抜き工程とし、後半を成分進化の工程とします。
前半は比較的低い釜の内部温度で豆の水分を抜いていき、水が抜けたら釜の内部温度を速やかに上昇させて、後半の成分進化の工程に移行する焙煎ノウハウです。
この焙煎ノウハウが寸分のくるいもなく、ぴたりと本焙煎において成功すると、際立つ風味特性と雑味のない、ブライトでクリーンな焙煎が可能になります。もちろんスイートやマウスフィールも申し分ありません。
要は短時間焙煎の欠点である雑味がなくなるわけです。
これをエスプレッソで抽出すると、素晴らしいエスプレッソが出来上がります。多少の操作ミスがあっても、気になりません。
出来上がったエスプレッソにグラニュー糖を少量加えれば、極上のビターチョコをなめているようですし、これに上質な生クリームを加えれば、極上のミルクチョコをなめているような滑らかさを感じます。
素材がピュアであれば、けっしてくどくなく、美味しさが際立ちます。
雑味のないピュアなエスプレッソゆえになしえることです。
その昔、この低温焙煎を成功させたロースターは、提供するエスプレッソコーヒーがたちまちに評判を獲得し、経営の礎を築いたと思います。
もちろん、このノウハウを自家薬籠の秘中とし、徒弟関係のなかにあっても、ごく一部の者にしか伝承されなかったと思います。
しかし、長い歳月を経て伝承され続け、欧米の一部の名声店のローストマスターたちによって共有されてきました。
低温短時間焙煎
この低温焙煎ノウハウが大きく脚光を浴びたのは、1990年代にスペシャルティコーヒーの流れが大きくなってきたころからです。
スペシャルティーコーヒーそのものが、ニュークロップを大原則にしているからです。
気難しいニュークロップを、的確に焙煎できるのは、この低温焙煎ノウハウしかなく、従来の短時間焙煎では、やはり欠点が大きくが出てしまいます。
しかし、万能のような低温焙煎でも欠点があり、それがゆえになかなか普及しなかった原因でもあります。
その欠点は、前半を低めの温度で水を抜いていきますから、いざ成分進化の段階に入っても、釜の内部温度や豆の表面温度が低すぎて、成分進化が後手にまわって、十分に進化しきれないことです。
この場合、アフターやマウスフィールは改善されていますので、スムースなカップになりますが、風味特性に欠けるため、印象が薄いカップになってしまいます。
これでは、スペシャルティコーヒーとして失格です。
また、前半の時間が長くかかる傾向があり、トータルとしての焙煎時間が長くなることによって、明るさや爽やかさが失われ、生き生きとしたスペシャルティコーヒー本来の良さが失われてしまうこともあります。
これらの欠点を改善するにはどうしたらよいか?
この低温焙煎の欠点を改善すべく、徹底的に検証した結果、低温焙煎の要素を短時間焙煎の工程に圧縮して取り込めばよいことがわかりました。
上のオレンジ色のグラフが“低温短時間焙煎”のプロファイルです。
投入から9分までが前半の水抜きの工程で、9分から終了までが成分進化の工程です。
●最大の特徴は水抜き工程において、釜の内部温度が短時間焙煎より低く、かつ上昇させずに一定の温度を保っていることです。
●そして、水が抜けた段階(9分)で、一気に釜の内部温度を230℃まで上昇させたら、成分の進化を適正にするために、徐々に火力を落としながら、豆の表面温度の進行ペースをコントロールすることです。
上記の短時間焙煎のプロファイルと、低温短時間焙煎のプロファイルを合体させたプロファイルを右に表示しました。
このプロファイルから、短時間焙煎の欠点である雑味の合成がどの時点なされるかが、はっきりと明示されています。
まだはっきりと確定したわけではありませんが、およそ5~9分の段階での釜の内部温度の差が大きくかかわっているようです。
その時点での豆の表面温度は、およそ145~180度台で推移しています。
丁度、豆の成分組織内では、前半にちょうどメイラード反応が活発になるころで、後半にはカラメル化も始まるころになります。
この化学変化・主にメイラード反応と窯の内部温度が、雑味に大きく関与していると推測されます。
また、短時間焙煎によって合成された雑味と、水抜けが不完全であった場合の雑味を明確に分けて判断しなければなりません。
短時間焙煎においては、時間がきっちりと守られている限り水抜けは問題ないですが、時間が長引いた場合は、水抜けの問題が起こってきます。
この場合の雑味は刺激は少ないものの、明るさに欠けた、暗く重いすっきりしないものになります。
いずれの雑味も、エスプレッソの抽出では強調されるため、注意が必要です。